大 湊 雑 感

元大湊造修補給所長 安 生 正 明
目次
5 工作部安全守則
 労災に関してのハード(服装、安全帽等)がある程度整ったので、ソフトを検討した。造修所の安全に関する達は、各部隊と同様の内容であり、本工場内、ドック等で実施される作業についての安全は、工作部長が別途定めることとなっていた。引揚船台・ドック等、工作部施設内で民間業者が工作部と一緒に工事を行う場合、どちらが主体的に作業を管制しているかが曖昧であるため、労災に対する責任の所在が不明である。労働安全衛生法(以下「安衛法」)を少し囓った程度の知識でも、これはちょっとまずいと思ったが、全面見直しするには知識が足りず、また時間もなかったので、工作部長としてできる範囲として、工作部安全守則を検討した。PGの整備も始まることから、可能な限り民間造船所の安全規則に準拠する必要があると考え、PG建造所である住友浦賀工場の安全守則を、無理の上に無理を重ねての強引な依頼によって頂き、これを参考とした。
 最大の問題点は、やはり労災発生時の責任の所在である。造船所であれば、自社の施設内で施工する工事であり、工程管理等の業務管理をしているので、当然のこと安全管理責任は造船所にある。また造船所は武器・機関等、専門業者の安全管理も元請負業者として安衛法に基づき責任を負っている。すなわち、工程管理を行うということは、修理を実施する複数の業者等における火気・電源等の使用を管制することから、同時に安全管理を行わなければならないのは明々白々である。造船業の様に1次下請け・2次下請け・専門業者が混在で作業を実施する業態について、安衛法では最も厳しく元請負業者に責任を負わせている。
 では、大湊造修所内で実施する中間修理・年次検査等は如何というと、工作部工事のほか船体・機関・電気・武器のそれぞれの業者と個別契約をしているが、これらの総合的な工程管理をどこが実施しているのかは、まったく曖昧なのが実情であった。
 引揚船台およびドックの工作部施設内で実施される工事であれば、「元請負的な位置が工作部である」と言われるのはやむを得ないものと考えるが、総監部施設課が担当する岸壁については、艦船部・武器部とともに、艦船乗員自ら業者や工作部と工程を調整(工程管理)していたため、監督責任がある造修所と現場管理責任がある艦船乗員とのどちらに責任の所在があるか明確にされておらず、極めて曖昧である。特に造船業は、特定事業者として、建設業と同じく元請負者に対する責任の所在を厳格かつ明確にしているものと言えるのではないだろうか。幸いなことに、労基署が入るような大きな労災が発生していなかったが、万が一発生した場合は、とんでもないことになるではないかと思われた。本来大湊ドックで実施される護衛艦等の修理工事において、施設管理および契約に伴う特定事業者や統括安全衛生管理者または相当者を、明確に定義しなければならないが、当時は知識が足りないこと、工作部長の業務範囲を超えること等の理由で、検討することができなかった。
 したがって、ここでは最低限工作部施設内における安全管理を実施するために、必要な安全管理守則を制定することにした。
 大きく変更した点は、次の2点であったと記憶している。
 (1) 引揚船台、ドックで工事を行う初めての業者に対し、工作部安全守則の講習を受講しなければならない。
 (2) 工作部各課長の持ち回りによる安全パトロールの実施
 また、前述の故山枡OBから、「工作部現場の技能は高いのだが、現場に技術管理できる者がいないため新しい仕事や難しい仕事ができないのが誠に残念である。」と聞いていたので、大湊ドックにおける護衛艦等の年次検査の工作部工事を拡大するためには、工務科技術係を充実させて各科長の技術管理・工程管理を強化する必要があると考え、技術係に行㈠をもって係長と船・機・電および武器の係員を充てる5人体制とした。

6 作業資格
 工作部内工事を実施する上で不可欠な屋内クレーン・フォークリフト・玉掛等の作業について、工作部内で独自に作業の習熟度で取扱を認めていたが、ドック内やPGの整備で民間業者とこれらの作業を融通する可能性もあることから、民間の資格がないままの作業は、非常にまずいと考えられた。
 工務科長に、民間資格について検討して貰うと、むつ市においては資格取得のための講習等は全く行われておらず、青森市まで出向く必要があるとのことであった。工務科長がいろいろなところから入校講習旅費をかき集め、工作部ランクルを使用しての工作部員のの、青森まで資格取得の往復旅が始まった。
 資格取得した部員は、造船所と同様に資格が識別できるシールをヘルメットに貼付し、作業安全を図った。また、ドック等工作部施設内で作業を実施する業者についても、同様な処置をお願いした。

7 春のお便り
 「本工場内に新しい工作機械が入るので、初めて使用するに当たり神主さんをよんで祝詞を上げたい。このため清酒をお供えするので、お願いします。」と仕上科長から話があった。ある程度の玉が工務科にあるものと思っていた小生は、当然そこから支出されるとして工務科長に確認したところ、清酒購入の源になる玉は、まったく存在していなかった。
 この直前に造修所内の保健行軍があり、長い雪国の冬が終わっての楽しみ、山菜取りを満喫していた。工作部の非常勤のお姫様方が調理してくれたワラビは殊の外おいしく、都会では味わえないものであった。ここで工作部長は、閃く。「これは使える」と。早速、工務科長の調整で、鉄工係長の知り合いの牧場おいて作戦開始。体育日課を利用して工務科員によってワラビ取りを行った。ワラビの最高のものは、夏の間薄暗いスギ林でとれる極太の紫ワラビであるが、如何にせん、まばらにしか生えていないために取れる量が少ない。次に美味しいのは、牧場等の野ばらの茂みの日陰に生えるワラビである。ただ、取るのにトゲの襲来を覚悟しなければならない。スキー場等の日当たりの良いノッパラに生えるワラビは取りやすく、かつ大量に取れるが、ワラビが少々固く2級品である。
 牧場で採ったワラビは、お姫様方によって下処理をしたのち塩漬けされ、ゆうパックで出荷された。送り先は、造船所営業である。工務科長は、すぐさまこの趣旨を理解し、武器の主要企業の営業あてにも出荷してくれた。受け取った造船所営業を代表して、IHI本社営業部長の故森岡氏から電話があった。
 「安生さん、これは何ですか。」
 「折角雪国に来たのだから、着任あいさつを兼ねて、春のお便りをお送りしました。」
 「分かりました、何かお困りのことがあったら、ご連絡ください。」
 「少々、泡の出る紙が不足しています。」
 「了解しました。」
 てなことがあって、工作部に玉の準備が整い、これから実施されるだろう工作部の諸行事の態勢が整ったのである。
 これには後日談があった。
 翌年、「春のお便りはまだですか」と電話があり、聞くと、「昨年は、ワラビに同封されていたレシピが面倒と近くの小料理屋に持ち込み一杯となった。そこの親父から、『こんな良いワラビはなかなか手に入らない』などと評判で、食べてもすごく美味しく大好評だった。今年もまた食べたいとリクエストが多く、そろそろ採れる頃では、と電話した。」とのこと。
 この事業は、小生の転勤後も続いたと聞いている。
 (今では、かなり・・・であるが)

8 魚雷艇主機の整備終了
 余市配備の魚雷艇が除籍されてPGに代わるのに伴い、工作部で実施してきた魚雷艇主機である三菱24WZディーゼル機関およびIHI IM300ガスタービン機関の整備が終了した。打ち上げ式を行うことを所長経由で総監部に報告したところ、「そのような行事であれば、総監部で何か行うことがあるか」とご下問があった。「今まで苦労してきた工作部員と、これを支援してくれたメーカの現場技術者で、アットホーム的に行いたい」と要望し、承認された。当日は、仕上科主務で用意周到、ホタテの焼き物等、工作部員の持ち寄った雪国の山海珍味で、盛況であった。もちろん準備には、前述の玉が大いに役立った。特にイカのゲソ焼きそばは、青森特有の辛いソース味とベストマッチして非常に美味しく、以後の単身赴任生活メニューに加えられた。メーカの技術者にもこのような会に参加したのは、初めてのこととして大変喜んで頂けた。勿論ご祝儀もたくさん頂き、工作部の玉がさらに充実したのは言うまでもない。

9 工作部工事
 工作部で実施する修理等の工事で、艦船の現場に行かず、持ち込み工事を主体としているのは、他の地方隊の工作部も同様である。このため艦船が故障したとき、乗員は外注を希望し、自分たちの手間のかかる工作部工事を敬遠しがちであった。このままでは不要部隊の筆頭に工作部が挙げられるのは、明々白々のことである。工作部の生き残り上大問題であるが、これを打開するのも簡単で、現場修理を行えば良いだけである。
 工作部科長会議でこれを議題にすると、仕事のノルマが増えることを警戒して反対する意見が多かった。ここで一言「君らは、艦船の故障時に外注が優先され、オマケ工事のみを工作部で実施して悔しくはないのか。本来、工作部が優先的に実施し、工数が足りない分を外注するのが当たり前だろう。効率は要求しない。外注の倍の工数がかかっても構わん。できるだけ丁寧に工事を行い、まずは最初に乗員から工作部工事を要望されるようになりたい。そうしなければ工作部はとてもじゃないが生き残れない。」と。そして、艦船部長と武器部長にこの方針を説明、了解してもらった。数日後、工作部員が朝9時前に材料・部品を積んだモートラで造修所の前の道路を通って桟橋に向かい、夕方5時前に帰る姿が見られるようになった。また、総監もジョギングの際に、工作部員をよく見かけられたようで、管理部長に「最近艦船修理に、工作部が艦隊桟橋までよく行っているようだ。」と話されていたとのことであった。艦隊等の部隊は、見てないようで見ているので、行動等に注意する必要があることを肝に銘じなければならない。
(続く)
Ⅱ 大湊造修所工作部長