中期防衛力整備計画(艦船建造計画)策定の考慮事項について

 本稿は、故山縣哲二氏の遺稿「次期中期防衛力整備計画(平成13年度~平成17年度)における艦船建造計画の予測」(以下「中期レポート」という。)を参考とし、中期防衛力整備計画(艦船建造計画)を策定するための考慮事項について考察する。
 まず故人について述べれば、山縣氏の経歴は、防衛大学校第1期生(幹候8期)として卒業、護衛艦「ゆきかぜ」、同「しきなみ」で艦隊勤務の後、大阪大学工学研究科(電気)で修士を取得し、大湊、呉、神戸等で部隊等の勤務を経て海幕電気班長、同保船班長、調本横浜支部検査第1課長、調本大阪支部舞鶴調達管理事務所長及び呉造修所長の要職を歴任された。海上自衛隊を退職後は、寺崎電気産業株式会社の重責ある艦艇部長として精力的に勤務されていたが、不治の病に倒れ、平成12年5月11日に65歳の若さで帰らぬ人となられた。
 山縣氏は、現役時代から様々な技術課題の解明に持ち前の緻密な分析・評価力をもって取り組まれ、ある時は内局・大蔵対応、ある時は艦船事故対処等の各種懸案事項に対し、科学的且つ的確な分析・評価により技術課題を的確に解明しておられ、その様はあたかも研究者或いは学者を彷彿とさせる様であったと、諸先輩から伺っている。
 思い起こせば、故人の四十九日の法要を過ぎた頃、ご遺族から電気会に書籍等の形見分けのお話があり、その折に、遺された執筆文書等の各種資料の整理方を、先ごろお亡くなりになった増井攻先輩、そして金井章先輩から筆者に仰せつかった。遺稿等の資料をお預かりしてから早くも21年、正に故人と同年代になるまで経過してしまったが、「中期レポート」は、筆者が海幕電気班長にあった頃からいつぞや後輩へ伝承する形にとその機会を窺っていた遺稿の一つである。
 今般、令和06中防が海上幕僚監部の関係各部で策定されようとするところ、正に時機を得ていることから、本「中期レポート」を紹介するとともに、中期防衛力整備計画(艦船建造計画)を策定する上の考慮事項について考察していく。
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山縣哲二 : 次期中期防衛力整備計画(平成13年度~平成17年度)における艦船建造計画の予測        (平成11年9月 未完絶筆)

【 参考文献 】

 本稿は、「中期レポート」の論旨を参考とし、防衛力整備計画(艦船建造計画)を早期に予測するためのポイントとなる考慮事項5項目について提起した。
本示唆は、従来はもとより、将来に亘って中防策定の普遍的アプローチとなるものと確信し、スピード感、且つ最適な分析・評価結果をもって継続的にブラシュアップしていくことが肝要である。
 今まさに、令和6年度以降5年間の中期防衛力整備計画が海幕関係各部で策定されようとする中、官民の知見を集約しつつ、国内外の諸分野における情勢分析の下、最適な中期防衛力整備計画(艦船建造計画)を策定することを期待したい。
 最後に、海上自衛官OBにおかれては、長年の知見、実績、人的ネットワークを最大限活用され、中期防衛力整備計画(艦船建造計画)の最適解の導出、円滑な意思決定が可能な提言(案)を策定する等、現役諸官に対し最大限貢献されんことを切に願うものである。

4 おわりに

 緊縮財政の折、省庁改編、業界再編、調達改革、取得改革等の施策が次々と具現化された時代である。経済成長がマイナスに振れ止まっている場合、防衛基盤の技術・製造力が委縮しているため装備品等の取得には苦渋を伴う。
 時はIT技術によるC3Iから統合型C4ISRへ発展、衛星の軍事利用の増大、精密誘導兵器の多用、ロボットの軍事利用、非致死性兵器の利用等といった将来戦における技術革新と戦闘様相の変化に対応して具現化されつつあったが、研究開発期間の短縮化、コストダウンの推進、COTS化の促進、ライフサイクルコストの低減といった装備品等の近代化に伴う諸問題が特にクローズアップされた時代でもあった。
 また国の省庁改編、IHIと住友重機械工業の艦船設計部門が統合したMU(マリンユナイテッド)の新設、三井造船と日立造船の設計部門における技術協力といった造船業界の再編、「防衛調達改革本部」による装備品等の調達改革、予算上の制約、装備品のIT化による装備・維持コストの増加を背景とした防衛装備品の取得改革、取得改革委員会による平成11年度~13年度の3年間に平成7年度引渡価格の10%を低減することの企業におけるコスト低減推進のほか、調達段階におけるコスト低減、維持修理段階におけるコスト低減、官側手続きの効率化等これまでにない取得環境の大きな変化がみられた。特に、平成11年度からの企業努力による10%低減については、無情にも2年間に短縮されたこともあり防衛基盤へのインパクトが大であった。維持修理段階においても同様に適応されたことから、入札不調が続出したと記憶している。
 以上のことから、中防策定(艦船建造計画)のための考慮すべきことの第五は、「取得環境の変化への敏感対応及び建造単価・総枠の圧縮に対する分析・評価」であり、取りも直さず防衛基盤の継続的維持に大きく影響する重要項目として捉えられる。
 今まさに、ジャパンマリンユナイテッド㈱と今治造船㈱の商船設計部門の新会社設立、三井E&S造船㈱(玉野艦船工場)の三菱重工業㈱との併合、川崎重工業の造船部門とプラント部門との統合等、再編に向け大きく動いており、細心なる注意を払い将来の基盤維持を占うべき時機となった。

 当時は、相次ぐ金融機関の破綻やアジア経済危機の直撃を受けて、日本経済が23年ぶりのマイナス成長に沈み、そのマイナス幅も0.7%と戦後最悪の数値になった時期である。
 時は少子・高齢化による労働人口の伸び悩みや企業の投資資金を賄う貯蓄率の将来的な低下が叫ばれ、こうした「経済成長の制約要因」が個人や企業の将来の期待を萎ませ消費や投資を冷え込ませているところに、金融機関の破綻やアジア経済危機が直撃したことが、23年ぶりのマイナス成長に陥いった。いわば、消費者が物やサービスを買わず、企業が設備投資を手控えるというデフレスパイラルに陥り兼ねない状況にあった時代であった。
 その際、数次の補正予算の計上、大型減税の公的対策が効果を挙げつつも、企業の持つ過剰債務額、過剰設備額、過剰雇用者数、過剰企業の4つの過剰が重くのしかかり自立回復力が認められない状況にあった。景気に自立回復力を持たせるには、これらの4つの過剰を早期に解消するほかなく、解消過程を通じて発生する失業者数の増大、設備廃棄費用の発生、個人消費の低迷等のマイナス要因を消去する手段も並行して確立する必要があった。当時の「平成不況」においては、従来の大量生産及び大量消費並びに重厚長大産業の構図が壊れ、多種少量生産、消費の多様化、IT・サービス産業の構図への移行が求められていた時期であり、財政出動、信用収縮対策等の政府施策だけでなく日本経済の抜本的構造改革が求められていた転換期でもあった。
 緊縮財政の中、当然ながら防衛予算も縮減された時代である。経済が落ち込んだ時代においては、①防衛基盤の弱体化(人材確保、設備投資、製造力の維持困難)、②装備品等の研究開発力低下、③受注生産、④製造中止、⑤在庫の低減、⑥建造・製造単価の上昇、⑦従来型装備品の採用、⑧民生品の大幅採用等が予測されることから、中防策定(艦船建造計画)のための考慮すべきことの第四は、「景気動向に敏感に反応する防衛基盤の変化への対応」であり、取りも直さず防衛基盤の継続的維持に大きく影響する重要項目として捉えられる。

 従来から米国は、安全保障戦略において効果的な外交や十分な軍事力による安全の確保、経済的繁栄の支援、民主主義の推進等を目標としてグローバルにリーダーシップを行使する関与戦略を採ってきた。さらに安全保障に対する脅威として、他国による侵略、民族対立に基づく紛争、大量破壊兵器の拡散、テロ等を重視し、それぞれに対して十分に対応できる能力を保持するとしていた。
 しかしながら、ソ連邦の解体及びイラクのクェート侵攻の事態は、米海軍の戦略思想を転換するに足る強力な引き金となり、1993年(平成5年)以降「フロム・ザ・シー」戦略への転換を図り、大洋における作戦よりも外国の沿岸での作戦を重視する「地域限定作戦」の戦略思想に移行した。米海軍が「」から「外征海軍」へ改名するとともに、海軍のミッションを論ずる際にも「戦略抑止」、「海上交通の保護」の文言は消え「フロム・ザ・シー」や「リトラル(沿岸)」などの文言が多用されるようになり、戦術及び兵器の研究開発においても「沿岸作戦」に向けられた項目が主流となった。言わば米海軍のミッションは、海兵隊の揚陸及びその戦闘支援が主任務となり、沿岸海域の機雷掃海及び掃討、陸岸砲撃、後背地攻撃等の作戦に対して効果的な能力を持つ艦隊を保有する必要が生じ、それに合わせて現有艦の改装や新ミッションに適合する新型艦船の建造等を通じて新海軍戦略に適合する艦隊への衣替えを図っている。また現在では、分散・統合・機動の原則を活用した「分散型海洋作戦(DMO)」、或いは海兵隊と海軍を完全に統合することで海洋拒否、制海及び艦隊維持を可能とする「遠征前進基地作戦(EABO)」を指向した作戦コンセプトに変容しつつある。
 これまで海上自衛隊における防衛力整備の傾向は、日米安保に基づく日米共同を指向し、米国追従型であった長年の経緯からも、中防策定のための考慮すべきことの第二は、「米海軍の戦略思想の変化への対応」であり、艦船建造計画に及ぶ艦型、艦種、隻数等に影響することから、取りも直さず防衛基盤の継続的維持に大きく影響する重要項目として捉えられる。
 約20年を経て今正に海上自衛隊が数年後の新型艦船の建造を計画されるところであるが、米海軍の戦略思想の転換に呼応し、従来の兵力整備の米海軍全面追従型から日本の安全保障として外せない「海上交通の保護」、「領土・領海・領空の保全」に適合した独自の防衛力整備も併せた複合的防衛力整備を指向する時期に入ったように思量する。

 「中期レポート」では、昭和28年度~平成12年度の防衛整備計画作成の経緯について、その特徴を挙げ「効率的な防衛力」整備の変遷について述べるとともに、昭和51年10月29日の「防衛計画の大綱」策定後における内外情勢の変化への柔軟対応型の整備計画に移行し、またポスト4次防見積り、昭和53年度中期業務見積り(五三中業)、昭和56年度中期業務見積り(五六中業)、中期防衛力整備計画(昭和61年度~平成2年度/平成3年度~平成7年度/平成8年度~平成12年度)策定の背景及び建造艦艇の隻数について論述している。
 特筆すべきことは、現在の中期防衛力整備計画は、中期業務見積もりが防衛庁限りの計画であったものを文民統制の実を挙げることを目的として、政府計画に格上げした経緯があり、環境の変化に従って内容の見直し修正が行われる性格のものとなったことである。
 なお、その計画変更の具体例(建造艦船の隻数変更)として、その一つは平成3年度から平成7年度の計画に対するものであり、ソ連邦の解体により東西冷戦が名実ともに終結したこと及び湾岸戦争における拠出金の出所として本計画の実施を一部見送り、この湾岸戦争にともなう削減措置にかかる1,000億円を含めて5,800億円(5年間)を削除したものです。この措置により艦船建造は当初の35隻から28隻に計画変更されたが諸般の情勢から実際は27隻に止まったことである。
 またその二つは、平成7年11月28日に見直しの上決定された「新防衛計画の大綱」に起因するものであり、平成8年度から平成12年度の計画が見直され、当初計画31隻が護衛艦1隻の削減により、30隻に変更されたことである。
 このように、国際情勢の変化に伴う、国内外を問わぬ緊要急迫の事態における防衛予算の縮減、大綱の見直しによる建造艦船の隻数縮小から装備品等の防衛基盤へのインパクトがかなり大きいことが、これまでの防衛計画の変遷から理解できる。したがって、中防策定のための考慮すべきことの第一は、「我が国を取り巻く安全保障環境の的確な把握」であり、防衛基盤の効率的維持に大きく影響する重要項目として捉えられる。

 本「中期レポート」は、寺崎電気産業株式会社における、13中防(平成13年~平成17年)に関する社内教育資料を企図し執筆されたものであり、艦船の整備環境を左右する各種環境条件の変化について概観し、その変化に対応するための防衛力整備計画(艦船建造計画)を早期予測することによって、防衛基盤の持続的維持に資することが描かれており、海上自衛官の中防計画担当者にとっても思考過程等示唆に富むところ大なる好個のレポートとなっている。
 レポートの目次体系は別表のとおりであり、経済、科学技術及び安全保障の内外情勢について多岐に亘り論述されている。故人が執筆の途、病に倒れ、「艦種別の将来動向」、「次期中期防中に建造が予測される艦船」、「搭載装備品の動向」等の後段4項目については未完となっているが、それらを導出するための環境条件等が前段で論述され、中期防(艦船建造計画)策定に係る一つのアプローチとして綴られている。
 まず、「中期レポート」の全容とそのプロセスの精緻なアプローチに、故人の情熱を感じてみよう。

幹候29期 道 上 正 邦

(2)軍事科学技術環境

1 はじめに

(4)装備品等の取得環境

 平成10年代の軍事科学技術の趨勢を概観すると、湾岸危機の教訓から民間施設、民間人への被害拡大を防ぐため軍事関連目標に対してピンポイント攻撃を行う戦法が必須とされ、陸上・海上・海中・空中にある各種ビークル等からTPOに拠らず正確に攻撃することが絶対条件とされた。これにより材料技術や通信電子技術を中心とした軍事科学技術の大幅な進歩並びに卓越した情報収集及び処理システムを活用した装備品等の研究開発並びに体制の整備が急速に進行した。
 また、軍事科学技術の著しい進歩はその基礎となる民生技術の発展に負うところが大きく、通信や情報処理に用いられるエレクトロニクス技術は、今日における技術革新の最も急速な分野であり、電子通信機材をはじめ誘導武器は勿論のこと、戦闘車両・火器・弾薬の分野にまでその成果が活用された。さらに、超電導セラミクス、複合材料等の材料技術、燃料電池等のエネルギー関連技術、レーザー発生技術等の光波関連技術、ドローン、UUV等の無人管制技術、人工知能技術等についても現有装備品の性能向上や将来装備品への活用の面で大いに期待される。
 一方、装備品には従来から最高の機能及び性能を要求するためシステムは巨大化、複雑化する外、開発期間の長期化並びに開発費、調達価格及び維持運用費の上昇傾向が見られることから、各国とも東西冷戦の消滅以降軍事費は縮小傾向にある等、厳しい財政事情の影響を受けて大幅な削減が求められている。このため、技術水準を維持しながらも装備品のライフサイクルコストを低減させる手段を模索し、運用構想、要求性能、適用技術、設計内容等に対する徹底したトレードオフ・スタディの実施、軍用規格の見直しや民生品の採用等が提言された時期でもあった。
 以上のことから、中防策定のための考慮すべきことの第三は、「歴史的教訓に基づき、将来予測する戦略・戦術目的を効果的に達成するための科学技術の選択(重み付け)及びライフサイクルコストの低減」であり、艦船建造計画に及ぶ艦型、艦種、隻数等に影響することから、取りも直さず防衛基盤の継続的維持に大きく影響する重要項目として捉えられる。

(3)経済環境

イ 米海軍の戦略思想の転換

3 各種環境下の考慮事項

別 表 「中期レポート」の目次体系

(1)安全保障環境

ア 防衛計画の変遷

2 「中期レポート」の概要